2013年11月28日

同じ70代の男性も同様

わたしは子供と話すのが好き。
正確に表現すると<話しかける>が正しい気がする。
話しかけるときはいつも一抹の不安を覚えるのは
もし拒否されたらかなりショックを受けるのではと思うから。

新聞の投書欄で70代の女性が嘆いていた。
「道に迷っているときに小学生らしい子供に尋ねようと声をかけたら、
 いきなり駆け出してしまった牛欄牌奶粉。こんな年のおばあちゃんでも悪い人に
 みえるのかしらと悲しくなった」
 
同じ70代の男性も同様。
「見かけない子供たちだったので<学校はどこなの>と聞いたら
 蜘蛛の子を散らすように逃げてしまった。こんなおじいちゃんでも
 怖い人と思われているのかと思うと、殺伐とした思いがした」
 
きっと子供たちは親から「知らない人から声をかけられたら逃げなさい」
と、教えられているのだと思う。
現在の世相ではそれも仕方がないと思える状況であり、
子供たちは親から教えられたとおりに<知らない人から声をかけられた>ので
逃げただけに過ぎないけれど、声をかけた人にしてみればやはりショックだったのだろう。

たとえそれが悪意のない高齢者であっても、子供たちには「知らない人」
であり、わたしも子供たちにとっては「知らないおばさん」であり、
声をかけたときいつ逃げられても仕方がない立場であるが、
これまでに一度も逃げられたことがないから幸運と言える。

ある日、家から近い大学の構内を散歩していると
小学3年生くらいのボクちゃんがふたり、夏休みの昆虫採集のような網を右手に、左手には透明なプラスチックの箱に水を半分ほど入れたものをぶら下げていた。
ウロウロしているふたりを見つけて、さっそく声をかけた。

「何を採っているの?」
ボクちゃんたちはちょっと困った表情をして言いよどんでいる。
「水の中に入れるような虫がこの辺にいるの?」
背丈が小さい方のボクちゃんが口ごもりながら言った。
「なんでも、いいんだけど・・・」
「あらぁ、なんでもいいの?」
「うん牛欄牌回收
「このあいだお散歩をしていたとき、カエルがいたわよ」

とたんにボクちゃんたちの顔が輝いた。

「どこ、どこ、どこにっ! 色は青かった? イボがあったぁ?」
「落ち葉と同じだったから茶色! こんなに大きかった。イボはわからなかった」

わたしは自分の握りこぶしをにゅっーと突き出して見せた。

「ホント! やったー、そいつはきっとイボガエルだっ!
 ね、どこ、どこにいたの?」
「あっち!」

わたしが言い終わらないうちにボクちゃんたちはもう駆け出していた。

「ちょっとぉ、それ1週間も前のことよ、もういないわよぉ」

ボクちゃんたちは聞く耳を持たないようだった。
(ウチにいる誰かさんと同じ!)

(あーあ、いなかったらどうしよう! がっかりするわね、きっと。
 でもいたらどうしよう、カエル君がつかまっちゃう!)

わたしはその日のことを思い出した。
もう暗くなった構内を歩いていたとき、目の前の落ち葉がゴソッと動いたので
思わず悲鳴を上げそうになり、それでも暗い地面に目を凝らすと
落ち葉の色をした大きなカエルがのっそり歩いていた。

「あらあら、そんなところを歩いていると踏み潰されちゃうわよ、
 気をつけなさい」

わたしはカエル君に声をかけたけれど、
踏み潰されなくてもつかまってしまえば悲運は同じである。

しかし、ボクちゃんたちは走り出し、サイは投げられてしまった。
わたしがその先を思い悩んでも仕方がない牛欄牌問題奶粉

河川敷でも可愛いふたりの女の子に会った。
わたしが土手の上から「クロちゃん」と呼ぶと、
ノラネコのクロが脱兎のように草むらから飛び出してきたのを見て、
女の子たちは目を見張った。(以前のものにクロをアップしています)
そこで彼女たちとあれこれお話をしたあとで「さようなら」と別れ、
わたしは彼女たちの愛らしい後姿を見送りながら、
暗くなりかけた帰り道が心配になり思わず叫んだ。

「変な人に声をかけられても、相手にしちゃだめよぉ」

あーあ、大いなるこの矛盾!  


Posted by kk at 12:53Comments(0)牛欄牌奶粉